百人一首 詠み人の構成・歌の内容

さて、時代や歴史はそれ位にして100首の中味を概観しておきましょうか。

先ず歌には1番から100番まで番号がつけられています。まあ背番号みたいなものでしょうか。順番は概ね時代順(厳密ではないしそこがいい)と考えてください。歌を憶えるときにはこの番号とともに憶えるのをお勧めします。
 →「1番 天智 秋の田の~~~ 」って調子です。
 →憶えるにはひたすら繰り返すしかありません。小学生に戻りましょう。

①詠み人の構成
 ・男性79人 女性21人
  →男が圧倒的に多い。女性は平安中期(50番60番台)に9人

 ・男性79人の内訳
  天皇7人(天智・陽成・光孝・三条・崇徳・後鳥羽・順徳)
  親王1人(一夜めぐりの君 元良親王)
  官人58人(藤原氏25人、源氏8人 藤原氏が圧倒的に多い)
  僧侶13人(蝉丸を含む)
  →純粋の歌人あり、政治権力者あり、得体の知れぬ者(猿丸・喜撰・蝉丸)あり

 ・女性21人の内訳
  天皇1人(持統)
  内親王1人(定家との関係が取沙汰される式子内親王)
  貴族の母2人(道綱母・儀同三司母)
  女房17人(宮廷あるいは藤原家の女房、女流文学黄金時代の担い手)

 男女比、身分での配分など絶妙じゃないでしょうか。

②歌の内容
 (100首は全て勅撰集から採られているが分類は勅撰集における分類)
 (即ち業平の「ちはやふる」、道真の「このたびは」は共に紅葉が出て来るが前者は「秋」後者は「羈旅」に分類されている)
 
 ・四季32首
  春6首(花の色は・君がためは・久方の・人はいさ・いにしへの・高砂の)
  夏4首(春過ぎて・夏の夜は・ほととぎす・風そよぐ)
  秋16首(多すぎて書けません)
  冬6首(田子の浦に・かささぎの・山里は・朝ぼらけあ・朝ぼらけう・淡路島)
  →秋が圧倒的に多い。定家の理念の表れか。

 ・羈旅4首(天の原・わたの原や・このたびは・世の中は)
 ・離別1首(立別れ)
 ・雑部20首(わが庵は・これやこの、、、など)

 そして
 ・恋43首(男性29首・女性14首=女性は3分の2が恋の歌)
  →「恋の歌は、その喜びを真正面から歌ったものはほとんど見られず、もっぱら、しみじみと悲しく、あわれな方面のものであって、詠嘆、憂悶、怨嗟、純愛、後朝の思いなど各方面にわたってすこぶる多彩をきわめ、「みやび」と「もののあはれ」とを中心とした王朝貴族の情趣生活を遺憾なく表しているものと言えよう」(鈴木知太郎)
  →やはり恋歌をじっくり鑑賞しあれこれ議論しあうのが一番面白いのじゃないでしょうか。

③百人一首に出てくる植物
 ・桜6首(花の色は・久方の・いにしへの・もろともに・高砂の・花さそふ)
 ・紅葉5首(奥山に・このたびは・小倉山・山がはに・嵐吹く)
 ・松4首(立別れ・誰をかも・契りきな・来ぬ人を)
 ・葦3首(難波潟・夕されば・難波江の)
 ・稲、さしも草、しのぶ草 各2首。
 ・若菜、さねかずら、菊、梅、八重葎、浅茅、笹、真木、藻 各1首 
  →意外と梅が少ない 35番「人はいさ」のみ

④百人一首に出てくる動物
 ・鹿2首(奥山に・世の中よ)
 ・やまどり、かささぎ、にわとり、千鳥、ほととぎす、きりぎりす 各1首
  
以上羅列のみですが、ざっと頭に入れておくといいと思います。

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16 Responses to 百人一首 詠み人の構成・歌の内容

  1. 小町姐 のコメント:

    100首の内、女性の詠人が2割もあるのはこの時代上出来ですね。
    その中でも女房の活躍がめざましく今日の政治以外での女性台頭に繋がっているように思えます。
    寛弘の女房たちの活躍は近代女性の先駆けですね。
    そして恋の歌を自由に詠み謳歌しているのが素晴らしいです。
    悩み苦しむ懊悩も素直に表現されていて才能がほとばしっています。

    100首の内、恋の歌が43首というのも人間らしくて良いですね。
    そして四季の歌が32首と続くのも納得です。

    この100首を憶えるのは至難の技。
    最近の自分自身を振り返ってみると物覚えの悪いことこの上なくそして忘れっぽい。
    夫婦共に言えることでお互いに名詞が出てこなくてホラホラ、あれ、これ、それが増えつつありそれで通じているのですから始末に悪いです。
    既に頭脳は小学生以下で記憶の海馬は衰えるばかり、小学生にとても太刀打ちできません。
    一年後の来年春には何首ものにできるでしょうかね~

    • 百々爺 のコメント:

      女性が2割、私もこの配分は絶妙だと思います。2番の持統帝はさておき女性は政治とは遠い存在でしたからね。定家の撰歌意図は政治と文芸、半々くらいにあったのだろうかと考えているのですが、文芸としての百人一首の中で「寛弘の女房たちの活躍」は目覚ましい。53番道綱母から(55番公任を跨ぎ)62番清少納言まで女性が9人も並ぶ。これは壮絶です。

      平仮名を駆使したやまとうた(和歌)で女性はのびのびと思いを語ったのでしょう。源氏物語での男女の歌の贈答について寂聴さんは「男対女、歌の良し悪しを比べると常に女性の歌の方が高尚である」みたいなことをおっしゃってます。紫式部という超天才女流はさておきこの時代の女性たちは優に男性を凌駕していたのでしょう。

      100首憶えるの、是非トライしてください。お経ですよ。自分で独自に節をつけて声に出して唱えておれば自然と出てくるようになりますよ。
       →お孫さんに「おばあちゃん、大丈夫?」って怪しまれないよう注意する必要あるかもしれませんが。。
       

  2. 百々爺 のコメント:

    去る土曜日「世界に伝えたい『飛鳥・藤原の魅力』」講演会に行ってきました。飛鳥・藤原を世界遺産にしようとの観点からのPR講演会で明治大学の会場は古代史フアンで満員(定員450名)の盛況でした。

    百人一首の読み解きを契機に飛鳥時代から歴史を振り返ろうと思っている爺には格好の講演会で面白かったです。

    以下ポイントのみの一口メモです。

    ●居駒 明大教授(日本古代文学)
     ・万葉集は4516首 その内約100首が飛鳥万葉と呼ばれるもの。
     ・持統天皇の政治的意図を反映したもので天武‐草壁‐文武という日継(皇位継承)を正当化したもの。
     ・詠み手として柿本人麻呂が讃歌・挽歌を謳い上げ大きな役割を果たしている。

    ●田辺 奈良県大教授(考古学)
     1944年三重県生まれとあり喋り方も三重イントネーションで親しみ深かった。名簿調べたが爺の高校ではなさそう。
     ・遺跡は全て地下に埋まっておりどうやって世界遺産登録へとPRしていくのか難しい。
      →地道なコツコツした学問だなあとつくづく思った。

    ●里中満智子 マンガ家
      ちょうど「天上の虹」完結巻(23卷)発売直後で話もそれに絡んだもので興味深かった。何故32年もかけて持統天皇を書き続けたのか彼女の思いがよく分かった。
     
     ・持統天皇の歌は(2番歌)「春過ぎて、、、」のようにあまり感情を出さず淡々としたものが多いが夫天武天皇が亡くなったときに詠んだ歌(挽歌)は感情がこもって哀しみが切々と伝わってくる。

       燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずや会わなくもあやし

    日本国の原点、飛鳥時代に親しむにいい機会でした。

    • 小町姐 のコメント:

      時機をえた講義でさすが東京には求めれば多くのチャンスがあるのは羨ましい限りです。
      何より無料なのが魅力ですね。
      それぞれの専門分野を披講されるわけですから得るものは大きいですよね。

      私が通うカルチャーセンターもこの春、新講座が目白押しで目移りしてしまいます。
      その中で新たに選んだのは「古典文学から歴史を読む」というタイトルで五味文彦(歴史学者)先生です。
      五味先生はNHK第2ラジオの古典講座で平家物語を講義された方です。
      ①「古事記「と「日本書紀」 国づくりと文明化
      ②「万葉集」と「日本霊異記」 和風と唐風
      ③「竹取物語」と「古今和歌集」 宮廷と風土
      ④「枕草子」と「源氏物語」 自然観と人間観
      ⑤「平家物語」と「今鏡」 家と武士
      ⑥「方丈記」と「梁塵秘抄」 遁世と身体
      以上のカリキュラムで6回、半年の講義です。

      倉本先生も新しく「平安朝皇位継承の闇」を5回に渡って講義されますが費用や日程の問題もあり五味先生に絞りました。
      現在の「建礼門院右京大夫集」と同じ曜日なので並行して受講する予定です。

      • 百々爺 のコメント:

        え~~っ、名古屋のカルチャーセンターすごいですね。相変わらず知識欲旺盛で素晴らしいと思います。

        五味先生の講座魅力的ですね。「枕草子」の歴史学というのを読みましたがなかなかのものでした。倉本先生といい歴史学者が古典を解説するっての流行りかもしれませんね(その方が一般レベルまで相手にできるのでお金にもなるしってことでしょうか)。

        カリキュラム見ると正に百人一首の時代そのものじゃないですか。600年が詰まっていると思いますよ。これはと思われたことあったら是非教えてください。

    • 九代目仁王 のコメント:

      僕も「飛鳥・藤原の魅力」、行ってきました。源智平、百合の局さんもご一緒でした。講演、トークセッション共に結構面白かった。ほんとに満員の盛況でした。もっとも聴衆はほとんどが団塊世代、主催者はもっと若い世代を期待したんじゃないかなぁ(無理だろうけど)。行ってみて初めて知ったのですが、このイベント、主催が明治大学の日本古代学研究所と世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会、共催が読売新聞社、つまり奈良県を初めとする地元自治体が力を入れてるイベントだったのです。主催者は「現在のままでは登録は難しい。もっと応援を!」といっていましたが、僕個人的には世界遺産に登録されて、やたら観光客が増えて騒がしくなるよりは今のままでいいと思うんですが、皆さんはいかがでしょう?

      帰りに神保町・奥野カルタ店によりました(百々爺は帰ったけど)。ここは日本で唯一のカルタ専門店(たぶん)、いろいろな百人一首やら犬棒カルタそのほかの面白いカルタ、トランプやボードゲーム、麻雀牌といった室内遊戯用の道具が沢山売られています。見るだけでも面白いのです。神保町周辺で暇ができたときにはお勧めのスポットです。

      • 百々爺 のコメント:

        所用でカルタ屋さん(&その後の飲み会?)に行けなくて残念でした。読み手が読んで取り手が早く取るのを競う日本のカルタって他の国にもあるんですかね。カルタはポルトガル語から来てるってことでしたよね。ヨーロッパでもそのような遊びはあるんでしょうか。何でも知ってる(興味のある)仁王どの調べてみてください。

        • 九代目仁王 のコメント:

          早速調べてみました。結論を言うと、百人一首やいろはカルタのように読み札と取り札が一対になっていて、読み札をを取り合って勝負を競うというのは世界に例がなく、日本独特のもののようです。
          カルタの語源はポルトガル語「Carta」だそう。起源はアラビア、中国、インド、ペルシャなど諸説があるようですがどうもはっきりしないよう。このCarta(トランプの原型)からいろいろなカードゲームが生まれたもので、日本ではウンスンカルタ、花札、百人一首など……というところ。詳しくは以下のアドレスでどうぞ。
          http://www.omuta.fukuoka.med.or.jp/city/karuta2.htm
          このHPで面白かったのは百人一首が爆発的に流行したのは明治以降で黒岩涙香の尽力によるものだとか(「金色夜叉」のカルタ会のシーンは流行最先端だった? 江戸期にも流行していたと思うけどねぇ)。読み札の絵には天皇にだけ極彩色の錦識で彩られた繧繝縁の畳に座っていたとか、戦時中は天皇は御簾に隠れていたとか。僕が百人一首を始めたころ、古い歌留多を使っていましたが、その札では天皇のお姿は御簾の影……ではなかったような。思うにあれは「天皇の神格化」が始まる前のものだったのかと……。

          • 百々爺 のコメント:

            おっ、素早い!すっ飛び仁王さんですな。よく分かりました。読み札・取り札方式は日本だけですか。そりゃあ世界に誇れるものですね。読み札・取り札方式、ゲーム性もさることながら教育的な要素が強いのでしょうかね。一方トランプ・花札方式だとやはり賭博になってしまいますからね。

            HP見ました。ウンスンとかピンキリとか。正に雑学の宝庫ですね。仁王どのはこんなところからどうでもいい知識を仕入れるのでしょうね。ありがとうございました。

            • 小町姐 のコメント:

              かるた屋さん、面白そうですね。
              先日徳川美術館の売店にも百人一首かるたがありましたがそれは28万円もする有名画家と書家のもので桐の箱に更に装飾的なケースに入れられたものでした。
              我が家のボロかるたとは雲泥の差です。

              九代目仁王さんのコメントから吉海直人の歌仙絵おもしろ考察を思い出しました。
              そこで我が家のかるたを一枚づつ繰ってみました。

              なるほど繧繝縁の畳に座っているのは天智天皇と光孝天皇。陽成院、元良親王、三條院、崇徳院、、後鳥羽院、順徳院は高麗縁の畳です。臣下や藤原摂関家は畳なし。
              装束は身分により束帯及び直衣とみられます。僧はもちろん袈裟。
              女性では持統天皇が繧繝縁の畳で式子内親王は高麗縁。
              一介の女房に畳は使われていません。
              女性の衣装はほとんどが十二単でした。
              以前どこかの美術館で観た時は持統天皇と小野小町の衣装は明らかに違っていたように思います。

              その他にも女性の顔の描き方など小さなかるたの絵から色々な発見がありました。

              こうやってみると私も九代目仁王さんに負けず劣らず結構物好きです。

              • 百々爺 のコメント:

                物好き小町姐さん、結構ですね。天智・光孝だけが繧繝縁で陽成~後鳥羽は高麗縁ですか?何故差をつけるんでしょうね。元良親王と天皇とが差がないのもちょっと分かりませんね。

                • 九代目仁王 のコメント:

                  絵札観察のために久しぶりに百人一首を取り出して眺めてみました。ウチにあるのは昭和20年代に買った任天堂常盤かるたとやはり任天堂製平安というヤツ、コチラは数年前に3000円程度で買った物です。じっくり眺めると人物絵がまったく違う絵になっているのにビックリ!歌のフォントも少し変わっていました。まるっきり変わりがないと思っていたけどねぇ。天皇7人と親王、内親王各一人が畳の上。でも全員が繧繝縁のもののようです。時代によって変わっている? 小町姐さんのお持ちのヤツは何時ごろ購入のものでしょう?

              • 小町姐 のコメント:

                九代目仁王さん
                おそらく私が小学校低学年の頃と思われますのでS20年代でしょうね。発行はもっと旧いかもしれませんが…
                東京精文館特選 「繪入り小倉百人一首」 普及版上製とあります。
                鉛筆書きの値段は消えていますが数年前の記憶では500円以下だったような気がします。

          • 百々爺 のコメント:

            仁王さんと小町姐さんのカルタ絵実証論議、面白く読ませていただいてます。よくよく考えると小倉山荘に書かれた障子絵というのはどんなのだったのでしょうね。百人の似絵だったという説もあるようですが人物画なんて障子絵に似合わないですよね。やはり季節感のある山水画か花鳥風月だったのじゃないかと思うのですが。。即ち百人一首の人物画の原本はなかった。ということは百人一首カルタが作られた江戸初期くらいに読み札の人物画が初めて画かれた訳でカルタ屋の競争でロクに時代考証もせずいい加減な絵も出回ったということかもしれません。「天上の虹」のマンガで天智・持統の飛鳥時代風衣裳、椅子での生活が頭に焼き付いているのでどうも繧繝縁の畳に座った十二単の持統帝にはピンと来ず困っています。

  3. 源智平朝臣 のコメント:

    なるほど。このように歌を統計的に分類すると分かりやすいですね。100首が分母だから、そのままパーセント表示にもなるし…。さすがに数字に強い百々爺ですね。

    恋の歌が43首=43%もあるのですか。それに対して、家族とか子供・孫の歌は全く無いのかな? 確か万葉集にはいくつかあったと思うけど、平安時代の詠み人にとっては、そんな生活臭のする歌は無粋で論外ということでしょうね。同様に、犬、猫、牛、馬といった身近な動物も題材になってないようですね。

    鈴木知太郎先生によれば、恋の歌の多彩さが王朝貴族の情趣生活を遺憾なく表しているとのことですが、大雑把に言えば、それは当時の王朝貴族はエネルギーの43%を恋に費やしていたことを意味するのでしょうか? そんな生活は若い時は良いかもしれないけれど、歳を取るとちょっと疲れますね。ところで、恋の相手も様々なようですが、不倫の恋に対する風当たりどうだったのでしょうか。当時は通い婚の時代だから、不倫か否かの線引きは難しいかもしれませんが、源氏物語で見たように、不倫の恋に対しても寛容な世の中だったのでしょうか?

    • 百々爺 のコメント:

      いやいや、数字に強いというより数字は便利だというのが私の信条でして、ついつい百人一首に背番号なんか持ち出したりしてスミマセンです。

      確かに百人一首には生活臭のある歌は皆無ですね。おっしゃる通り平安王朝文学に生活臭は無縁だった(目をつむってた)のでしょうね。源氏物語でもごく一部の描写(夕顔の宿やら須磨の浜辺やら椿市での邂逅場面やら)以外は生活が描かれている場面は全くありませんでした。
       →でも実際には平安京は衛生的にも劣悪な都市で悪臭に満ちてたようで、桐壷の巻冒頭で桐壷更衣をいじめるのに汚物がまきちらされたり、近江の君がおまる洗いを志願したりなんてのが実情だったのでしょうが。。

      「王朝貴族はエネルギーの43%を恋に費やしていたのか」、、、面白い。是非解明してください。でもさすがに私も恋するエネルギーをパーセント換算するのはいかがなものかと思いますけどね。
       →元良親王の20番歌、道雅の63番歌なんぞは100%以上のエネルギーでしょうけどね。。

      不倫の恋への風当たり、一般論はともかく歌を読み解きながら個別論で考えて行きましょう。現代のプレーボーイの視点からの鋭い突っこみを期待しています。

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